三心通信 2019年4月、5月

 

五月も末になり、ブルーミントンの街は木々の緑に覆われています。春先からずっと雨が多く、温度も低くかったのですが、この数日ようやく初夏の日差しになり、外を歩くと汗ばむようになりました。庭の花壇には、芙蓉やジャーマン・アイリスなどの大きな花が咲いています。

 

4月7日の日曜座禅会に降誕会の法要を行いました。例年のように花御堂を作り、読経の後、参加した人たちが誕生仏に甘茶を注いで灌仏しました。今年は「永平広録」の中から1249年灌仏会における道元禅師の上堂を紹介しました。その締めくくりの言葉は、「諸仁者、たとえば、杓柄のなんじが手裏にある時はいかん。下下の人、上上の智あり。」私たちは上等な人間ではないけれども、誠を込めて仏への供養として修行するとき、そのなかに無上の智慧が現成しているのだという意味だと思います。

 

その翌日の4月8日から3ヶ月の夏期安居が始まりました。今年の首座はベルギー人の黙祥Depreayさんです。学校の先生をしていた人です。引退してから坐禅修行に専注し、ご両親から相続した家を禅堂にしました。昨年9月、その開単式に出席するためにベルギーに参りました。安居中は首座の人が日曜坐禅会の法話をすることになっています。黙祥さんは「信心銘」をテキストにしてこれまでに5回の法話をしました。6月16日の日曜日には、首座法戦式があります。例年のように秋葉玄吾北アメリカ国際布教総監老師に助化師としてご来山いただきます。カリフォルニアから遠路ブルーミントンまでこの式だけのためにおいでいただくのは申し訳ないのですが、助化師なしでは法戦式が宗門から公認されませんので仕方がありません。折角得度して宗門に僧籍登録をしても首座法戦式をしないと何年かのちには抹消されてしまいますので、得度した師匠の責任として、将来共に日本の宗門との関係を維持することを希望する弟子たちのために安居と法戦式を続けざるを得ません。

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3月のチャペルヒル・禅センターでの眼蔵会の後、私は5月の三心寺での眼蔵会の準備に専念しました。今回の眼蔵会では「正法眼蔵三界唯心」の拙訳を講本としました。仏教の経典としては一番古いものの一つとされているダンマパダの最初の偈頌に、

(1)ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によって作り出される。もしも汚れたこころで話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。 ― 車を引く(牛)の足跡に車輪が付いていくように。

(2)ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によって作り出される。もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、福楽はその人につき従う。 ―影がそのからだから離れないように。(岩波文庫

とあり、仏教において「心」が重要なことが説かれています。これから、パーリ語のアングッタラ・ニカーヤで自性清浄心が説かれ、大乗仏教の「八千頌般若経」に引き継がれ、それから如来蔵心や佛性の思想になっていったようです。一方では、唯識として、私たちが経験するものは全て、阿頼耶識が見分と相分に別れたものであって、識の自己展開に過ぎない。客観世界は絵師である「心」が描いたものに過ぎないという思想にも発展しました。それら二つの「心」に付いての教説が結びついて、本質的に清浄で、消滅しない自性清浄の「理心」(水)が無明の風に吹かれて、動き出したのが阿頼耶識「事心」(波)だという考えができてきました。「理心」は宿屋の主人であり、「事心」は状況によって現れたり消えたりする「客」のようなものだという意味で「客塵煩悩」という考えが「楞伽経」「大乗起信論」、「円覚経」、「首楞巌経」などで表明され、それが中国禅の基本的な教えになったのだと思います。道元禅師は「辧道話」や「正法眼蔵即心是仏」の巻きなどで、このような考えを批判しています。それでは道元禅師のいう「三界唯心」とはどういう意味なのかがこの巻を参究するポイントだと考えています。

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五月の眼蔵会が終わってからは11月の眼蔵会で読む「説心説性」の巻の英語訳に取り組んでいます。この巻もまた「心」を扱ったものですのでつながりがあります。これらの巻を越前に移転された直後に書かれたということの意味も考えたいと思います。三心寺での眼蔵会では、原則として75巻本の順序で読んでおりますが、ようやく京都から越前に移られてからのものを読んでいくことになりました。これまで、あまり丁寧に参究したことがない巻が多いので、準備に時間がかかります。今回も、カリフォルニア、ミネソタなどアメリカの遠隔地、またカナダ、フランス、日本など国外からの参加者もありました。三心寺の施設では22人が受け入れの限度で、ウエィティング・リストに入ってもらう人が何人かあります。それで次回11月から、近くにあるTMBCC (Tibetan Mongolian Buddhist Culture Center)を会場として再び使用させていただくことになりました。これは長期的な解決策ではありませんので、将来を見据えて、お寺の施設をどのようにするか検討をしています。

 

6月には私は71歳になります。引退まで後4年になりました。

本日の夕食から6月3日(月曜日)まで5日間の接心です。昨年から副住職の法光が接心の指導しており、私の責任ではなくなりましたので、翻訳、講義の準備、著作などがこれからの私の主な仕事になります。

  

 5月29日

 

奥村正博 九拝